横浜地方裁判所 昭和63年(行ウ)10号 判決 1991年7月17日
神奈川県秦野市名古木四九番地
原告
須山和吉
右訴訟代理人弁護士
谷芳明
同
内田邦彦
同県平塚市松風町二丁目三〇番地
被告
平塚税務署長 渡辺瀞夫
右訴訟代理人弁護士
川井重男
右指定代理人
梅津和宏
同
村上恒夫
同
添田稔
同
越智敏夫
同
桑久保誠
同
毛利深雪
同
佐藤米昭
同
峰岡睦久
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 原告の昭和六〇年分所得税について、被告平塚税務署長がした次の各処分を取り消す。
(一) 昭和六二年六月三〇日付第二次更正処分(但し、昭和六三年九月六日付第三次更正処分により減額された後のもの)のうち分離長期譲渡所得金額二二〇六万〇八七四円を超える部分
(二) 昭和六一年一〇月二九日付過少申告加算税の賦課決定処分のうち四一万六〇〇〇円を超える部分
(三) 昭和六二年六月三〇日付過少申告加算税の賦課決定処分(但し、昭和六三年九月六日付変更決定で減額された後のもの)
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、建築業を営んでいる者であるが、昭和六〇年分所得税について、別紙「本件課税処分の経緯一覧表」(以下「別紙一覧表」という。)の「確定申告」欄記載のとおり確定申告をした。
被告は、昭和六一年一〇月二九日、別紙一覧表の「更正・賦課決定」欄記載のとおり更正処分(以下「第一次更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「第一次賦課決定」という。)を、昭和六二年六月三〇日、同表の「再更正・賦課決定」欄記載のとおりの更正処分(以下「第二次更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「第二次賦課決定」という。)を、昭和六三年九月六日、同表の「再々更正・変更決定」欄記載のとおりの更正処分(以下「第三次更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「第三次賦課決定」という。)をそれぞれ行った。
2 原告の不服審査の経緯及び異議決定、審査裁決の内容は、別紙一覧表記載のとおりである。
3 第二次更正処分(但し、昭和六三年九月六日付第三次更正処分により減額された後のもの、以下「本件更正処分」という。)は、次のとおり、原告の所得を過大に認定したものであるから違法である。
(一) 事実経過
(1) 須山平吉(以下「平吉」という。)は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していたところ、昭和五七年六月二日公正証書による遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成し、同年八月三一日死亡した。
本件遺言書には、<1>平吉の四女須山満子(原告の妻)に神奈川県秦野市名古木字開戸三一番の土地(畑、七〇四平方メートル)を、<2>平吉の長男須山正吉、長女柳川タケ、二男須山作造、二女本間綾子、三女栗野シマ子(以下、これらの者を「正吉他四名」という。)、三男柏木清及び須山満子に各五〇万円ずつを、<3>平吉の養子である原告に本件土地を含むその余の遺産をそれぞれ相続させる旨記載されており、その趣旨は、本件土地等の遺産を原告に遺贈するというものである。
本件土地は、平吉が耕作していた谷間に存する田であったが、農業だけでは生計が立たず、また、原告が建築業を営むに至ったため、秦野市に不燃物投棄場として賃貸していた土地であり、土地の利用価値は少なく、原告も使用する必要性が全くなかった。
(2) 原告が本件遺言書に基づいて本件土地の遺贈を受けたところ、正吉他四名及び柏木清は、これを不満として原告及び須山満子を相手に横浜家庭裁判所小田原支部に遺留分減殺請求の調停(以下「本件調停」という。)を申し立てた。
正吉他四名は、本件調停において、原告との間で平吉の遺産全部について協議し、当初は、本件土地の現物分割を主張していたが、本件土地に通ずる道がないことから、本件土地を売却して、その売買代金を分配することを求めるに至った。
原告は、本件土地を売却することは考えていなかったが、他の共同相続人に代償金を支払ってまで本件土地を単独取得する意思はなく、かつ、経済的にも他の共同相続人に高額な代償金を支払う余裕もないため、本件土地を売却して正吉他四名に各一一〇〇万円ずつ分配することにし、昭和五九年一一月五日その旨の調停を成立させた。
(3) 原告は、第一総業株式会社(以下「第一総業」という。)に対して本件土地を売却することにし、昭和五九年一二月四日、取敢えず本件土地のうち後日買主が指定する部分一八一四・九七平方メートル(五五〇坪)を七七〇〇万円(三・三平方メートル当たり一四万円)で売却し、同日五〇〇万円、同月一四日五二〇〇万円を受領したのち、同月一九日、右部分につき同社の転売先である株式会社富国ホームに所有権移転請求権仮登記をした。
ところが、本件土地は、産業廃棄物によって埋め立てられていたことから、宅地造成の段階でガスが噴出するなど宅地として利用できないことが判明したので、第一総業は、特約に基づいて右売買契約を解約した。
原告は、第一総業から、受領ずみの売買代金五七〇〇万円の返還及び解約損害金一三〇〇万円(以下「本件損害金」という。)を請求されたが、既に売買代金を正吉他四名に分配していたため、これに応ずることができず、昭和六〇年一二月一二日、秦野市土地開発公社(以下「開発公社」という。)に対して本件土地を一億一二二八万三三五〇円で売却し、その売買代金をもって、第一総業に対する売買代金返還債務及び本件損害金債務と、柏木清に対する一一〇〇万円の支払に当てた。
原告は、本件土地の売却により譲渡所得二二〇六万〇八七四円を得たことになったので、分離長期譲渡所得金額を右金額、納付すべき税額を四四一万二〇〇〇円とする修正申告をし、右税額を納付した。また、正吉他四名及び柏木清は、昭和六一年三月一四日、被告に本件土地の譲渡所得税の申告をした。
(二) 譲渡収入の過大認定
被告は、原告が本件土地の売買代金一億一二二八万三三五〇円を取得したと認定して、本件更正処分を行った。
しかし、原告は、正吉他四名及び柏木清の遺留分減殺請求により、本件土地を同人らとの共有としたうえ換価分割をしたものであって、本件土地の売却により得た譲渡収入は、一億一二二八万三三五〇円から正吉他四名及び柏木清に分配した六六〇〇万円を控除した四六二八万三三五〇円である。
なお、原告は、本件土地を正吉他四名らと共同て売却すべきであったが、正吉他四名が本件土地の売買代金の分配を早期に行うように望んでいたこと、本件土地の一部(別紙物件目録七ないし一六)が平吉名義に所有権保存登記されていなかったこと、原告が共有名義で譲渡するか単独名義で譲渡するかによって租税負担に差異が生ずることに気付かなかったこと等から、他の共有者の意思に基づき、原告がすべての手続を任されて単独で売却したのである。原告は、このように共有となった遺贈財産を売却して、その売買代金を減殺請求をした遺留分権利者に分配したのであるから、単に手順を一部省略したに過ぎず、かつ、実質的にも遺贈を受けた財産の譲渡利益の一部しか受けていないのであるから、実際に譲渡利益を受けた正吉他四名及び柏木清にも譲渡所得税を課税すべきであって、原告が本件土地の売買代金金額を取得したと認定するのは不当である。
また、被告は、原告が本件土地を単独で売却していることから代償分割をした旨主張するが、既に主張したところから明らかなように、本件は減殺請求を受けた遺贈財産の換価分割であって、代償分割ではない。
(三) 取得費の過少認定
被告は、本件土地の譲渡所得の計算において、取得費を譲渡収入金額の一〇〇分の五に相当する金額のみとして、本件更正処分を行った。
しかし、本件土地は、相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産であるから、租税特別措置法三九条一項により、本件土地の価額に対応する相続税三七五万九五五一円のうち、原告の譲渡収入金額に対応する一五四万九六九二円を取得費に加算すべきである。
(四) 譲渡費用の過少認定
被告は、第一総業に支払われた本件損害金を譲渡費用として認定せずに、本件更正処分を行った。
しかし、所得税法三三条三項所定の譲渡に要した費用とは、その資産の権利を譲受人に移転帰属させるために譲渡人が要した費用と解される。
そして、原告は、昭和五九年一二月四日、第一総業に本件土地のうち一八一四・九七平方メートルを売却し、同社の転売先に仮登記手続を了して、合計五七〇〇万円の売買代金を受領したが、本件土地が宅地として利用できないため、同社から売買契約を解約され、売買代金五七〇〇万円の返還及び本件損害金一三〇〇万円を請求されたものの、同社から受領した売買代金を既に正吉他四名及び柏木清に分配していたため、本件土地を開発公社に売却しなければ右返還金及び本件損害金を捻出できず、他方において、右支払をしないと右仮登記を抹消することもできず、開発公社に本件土地所有権を完全に移転することができなかった。
また、仮に本件損害金が譲渡費用として認められないとすると、原告は、その損害を所得控除する機会を失い、右損害金の範囲で譲渡所得がないにもかかわらず、税金だけを負担することになって、極めて過酷な結果をもたらすことになる。
そうすると、原告が第一総業に支払った本件損害金は、開発公社に本件土地を譲渡するに必要不可欠な費用であるから、譲渡費用となるものであって、本件損害金一三〇〇万円のうち原告の負担額に相当する五三五万八六一七円を譲渡費用とすべきである。
(五) 以上により、原告の分離長期譲渡所得は、次のとおり、二二〇六万〇八七四円となる。
<1> 譲渡収入 四六二八万三三五〇円
<2> 取得費 三八六万三八五九円
<3> 譲渡費用 五三五万八六一七円
<4> 特別控除 一五〇〇万円
<5> 譲渡所得 二二〇六万〇八七四円
4 第一次賦課決定及び第二次賦課決定(但し、第三次賦課決定により減額された後のもの、以下、右各賦課決定を「本件賦課決定処分」という。)は、次のとおり、違法である。
すなわち、本件更正処分は、前項のとおり、分離長期譲渡所得金額二二〇六万〇八七四円、納付すべき税額四四六万七三〇〇円を超える部分を取り消すべきであるから、被告が昭和六一年一〇月二九日付でした一六四万七〇〇〇円の過少申告加算税の賦課決定のうち四一万六〇〇〇円を超える部分及び昭和六二年六月三〇日付過少申告加算税の賦課決定(但し、昭和六三年九月六日付変更決定で四一万九〇〇〇円に減額されたもの)は、違法である。
よって、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の各事実は認める。
2(一) 同3(一)(1)の事実中、平吉が昭和五七年六月二日に本件遺言書を作成し、同年八月三一日に死亡したこと、本件遺言書には原告の主張する内容の記載があり、その趣旨は、原告に遺産の一部を遺贈するものであることは認めるが、その余の事実は知らない。
(二) 同3(一)(2)の事実中、正吉他四名及び柏木清が原告及び須山満子を相手に横浜家庭裁判所小田原支部に本件調停を申し立てたこと、本件土地に通ずる道がないことは認め、原告には代償金を支払ってまで本件土地を単独取得する意思がなく、正吉他四名らに対して本件土地の売買代金を各一一〇〇万円ずつ分配することにしたことは否認し、その余の事実は知らない。
(三) 同3(一)(3)の事実中、原告が昭和五九年一二月四日第一総業に対し本件土地のうち一八一四・九七平方メートルを七七〇〇万円で売却して、同日五〇〇万円、同月一四日に五二〇〇万円を受領し、同社の転売先に仮登記をしたこと、原告が第一総業から売買代金五七〇〇万円、本件損害金一三〇〇万円の支払を請求されたこと、原告は既に右売買代金を正吉他四名に分配していたため、右支払資金を捻出できず、昭和六〇年一二月一二日、開発公社に本件土地を一億一二二八万三三五〇円で売却したこと、原告が本件土地の売買代金をもって第一総業に対する売買代金返還債務を履行し、本件損害金を支払ったこと、原告が本件土地の譲渡所得金額を二二〇六万〇八七四円、納付すべき税額を四四一万二〇〇〇円とする修正申告を行い、右税額を納付したことは認め、正吉他四名及び柏木清が、昭和六一年三月一四日、被告に本件土地の譲渡所得税の申告を行ったことは否認し、その余の事実は知らない。
(四) 同3(二)の事実中、被告が本件更正処分を行ったこと、本件土地の一部が平吉名義に所有権保存登記されていなかったこと、被告が本件土地を代償分割したと主張していることは認め、原告が正吉他四名及び柏木清と本件土地を換価分割したことは否認し、その余の主張は争う。
(五) 同3(三)の事実中、被告が本件土地の譲渡所得の計算において、取得費として譲渡収入金額の一〇〇分の五に相当する金額しか認めなかったこと、本件土地のうち六筆の土地(別紙物件目録一ないし六)が相続税額に係る課税価格の計算基礎に算入されていたことは認め、その余の事実は否認する。
(六) 同3(四)の事実中、原告の第一総業に対する本件損害金の支払が、開発公社に本件土地を譲渡するに必要不可欠なものであることは否認し、その余の主張は争う。
(七) 同3(五)は争う。
3 同4は争う。
三 被告の主張
1 本件更正処分の根拠
(一) 総所得金額 三一〇万二九〇七円
右金額は、原告の昭和六〇年分所得税の確定申告に係る事業所得一九八万五三九五円と不動産所得一一一万七五一二円の合計金額である。
(二) 分離長期譲渡所得金額 九一六六万九一八三円
右金額は、次の(1)の譲渡収入金額から(2)の取得費及び(3)の特別控除額を差し引いたものである。
(1) 譲渡収入金額 一億一二二八万三三五〇円
右金額は、原告が、昭和六〇年一二月一二日、開発公社に本件土地を売却した際の売買代金額である。
(2) 取得費 五六一万四一六七円
右金額は、租税特別措置法(昭和六三年法律第四号による改正前のもの)三一条の四に基づき、本件土地の譲渡収入金額一億一二二八万三三五〇円に一〇〇分の五の割合を乗じて算出したものである。
(3) 特別控除 一五〇〇万円
右金額は、租税特別措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)三四条の二第一公に規定する「特定住宅地造成事業等のために土地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除」の金額である。
(三) 納付すべき所得税額
順号 項目金額
<1> 総所得金額 三一〇万二九〇七円
<2> 所得控除の額 一三八万九一三〇円
<3> 課税総所得金額<1>~<2> 一七一万三〇〇〇円
<4> 課税長期譲渡所得金額 九一六六万九〇〇〇円
<5> <3>に対する所得税額 二〇万七九〇〇円
<6> <4>に対する所得税額 二〇九一万七二五〇円
<7> 予定納税額 一五万二六〇〇円
<8> 納付すべき税額<5>+<6>-<7> 二〇九七万二五〇〇円
(1) <2>の金額は、社会保険料控除額三三万四一三〇円、生命保険料控除額五万円、損害保険料控除額一万五〇〇〇円、扶養控除額六六万円及び基礎控除額三三万円の合計額である。
(2) <3>及び<4>の金額は、国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた金額である。
(3) <5>の金額は、所得税法(昭和六二年法律第九六号により改正前のもの)九一条により算出された金額である。
(4) <6> の金額は、租税特別措置法(昭和六二年法律第九六号により改正前のもの)三一条の二第一項一号により算出された金額である。
(5) <8>の金額は、国税通則法一一九条一項により一〇〇円未満の端数を切り捨てた金額である。
(四) 原告の昭和六〇年分の総所得金額は三一〇万二九〇七円であり、分離長期譲渡所得金額は九一六六万九一八三円であるから、本件更正処分と同額であって、本件更正処分は適法である。
2 本件賦課決定処分の根拠
原告は、本件土地の譲渡収入金額を一四〇三万五四一八円、課税長期譲渡所得金額を零円と記載した昭和六〇年分の確定申告書を提出した。
しかし、本件土地の譲渡収入金額は一億一二二八万三三五〇円であり、課税長期譲渡金額は九一六六万九〇〇〇円であるから、被告は第一次更正処分により新たに納付すべきことになった税額一六七二万円(但し、国税通則法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた。以下同じ)及び本件更正処分により納付すべきことになった税額四一九万円を基礎として、国税通則法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)六十五条一項及び六二項に基づき過少申告加算税をそれぞれ一六四万七〇〇〇円、四一万九〇〇〇円と算出し(但し、昭和六二年法律第九六号による改正前の国税通則法一一九条四項に基づき一〇〇円未満を切り捨てた。)、本件賦課決定処分を行った。
したがって、本件賦課決定処分は適法である。
3 原告の主張に対する反論
(一) 譲渡収入金額に関して
原告は、本件土地が遺留分減殺請求権の行使により正吉他四名及び柏木清との七名の共有財産となり、これを換価分割したものであるから、原告の本件土地の譲渡収入金額は、本件土地の開発公社に対する譲渡価額一億一二二八万三三五〇円から原告以外の共有者に分配された合計六六〇〇万円を控除した残額四六二八万三三五〇円である旨主張する。
しかし、本件土地は、原告が本件遺言書に基づき遺贈により取得したものであり、また、正吉他四名及び柏木清が申し立てた本件調停においても、原告が須山満子と連帯して、正吉他四名に現物の返還に代わる価額の弁償として一人当たり各一一〇〇万円を支払う旨を約し、これにより、遺留分減殺請求をめぐる紛争を解決したのであるから、正吉他四名らは、本件土地の共有持分を取得していない。
また、原告は、昭和五九年一二月四日、第一総業に本件土地の一部を七七〇〇万円で売却する契約を締結したが、右契約に至る売買交渉、手続及び売却代金の受領等は原告の専断で行われており、正吉他四名及び柏木清は、本件土地の共有者であれば当然に受けるはずの事前の相談も事後の報告も受けておらず、また、原告は、右売買契約の解約により第一総業から請求された本件損害金を一人で負担し、正吉他四名及び柏木清に負担を求めていないばかりか、解約に至る経緯についても報告をしていない。さらに、原告は、昭和六〇年一二月一二日、開発公社に本件土地を売却したが、その際、公有地拡大の推進に関する法律五条一公に基づく神奈川県知事に対する買取希望申出書を単独名義で提出するなど、その売買交渉、手続、譲渡代金の受領をすべて一人で行った。そのうえ、原告は、正吉他四名との間において、第一総業に対する売買価格と開発公社に対する売買価格が異なるに至ったにもかかわらず、共有物の売買代金を分配するのであれば当然に行われるべき分配金額の変更の協議をしておらず、本件調停条項の記載どおり各一一〇〇万円ずつ支払っており、正吉他四名も原告の行った右二つの売買契約に異議を述べていない。
以上のとおり、本件土地は原告の単独所有であったのであって、開発公社に対する売買代金がすべて原告に帰属することは明らかであるから、原告の右主張は失当である。
(二) 取得費に関して
原告は、譲渡所得の計算において、租税特別措置法三九条一項の規定が適用されるべきである旨主張する。
しかし、租税特別措置法三九条一項の規定は、相続の開始があった日の翌日から、当該相続に係る相続税の法定申告期限(相続税法二七条一項、三三条)の翌日以後二年を経過する日までの間に、相続税額の課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合に適用されるものであるところ、平吉に係る相続税の法的申告期限は昭和五八年二月二八日であるから、その翌日以後二年を経過する日は昭和六〇年二月二八日となる。然るに、本件土地の開発公社に対する売買契約は、昭和六〇年一二月一二日に成立したから、右規定を適用する余地はなく、原告の主張は失当である。
(三) 譲渡費用に関して
原告は、第一総業に支払った本件損害金一三〇〇万円が、本件土地譲渡による譲渡所得の計算上控除すべき譲渡費用に当たり、このうち原告の負担額に相当する五三五万八六一七円を原告の譲渡所得から控除すべきである旨主張する。
しかし、譲渡所得の計算上控除すべき譲渡費用は、その資産の譲渡のために直接要した費用をいうものと解されるところ、本件損害金は、原告が第一総業に本件土地の一部を売却したものの、宅地として利用できないことが判明し、売買契約の特約に基づき解約された結果、原告が負担することになったものであって、開発公社に対する本件土地の譲渡が行われると否とにかかわらず原告が負担すべきものであったうえ、開発公社に対する譲渡のために第一総業との売買契約を解約し、その結果本件損害金を負担するに至ったわけでもないから、開発公社に本件土地を譲渡するために直接要した費用とはいえない。
また、原告は、第一総業に対して本件損害金を支払うために開発公社に本件土地を売却した旨主張しており、右主張からしても、本件損害金が本件土地の譲渡に要した費用に該当しないことは明らかである。
さらに、原告は、本件損害金を譲渡費用として認めないと、納税者がその損害を所得控除する機会を失い、過酷な結果となる旨主張するが、本件損害金が譲渡費用に該当しないことは前記のとおりであり、かつ、所得金額の計算において、本件損害金を控除することができる旨の規定が存しない以上、これを所得金額から控除できないのは当然であり、また、売買契約の解除の後にたまたま新たな売買契約を締結した者が、右解除に伴う解約損害金を譲渡費用として控除できるとすれば、新たな譲渡があったか否かによって、控除の可否に差異が生じることになり、かえって租税負担の公平を害する結果となる。
したがって、本件損害金を譲渡費用と認めることはできず、原告の右主張は失当である。
四 被告の主張に対する認否
1(一) 被告の主張1(一)の事実は認める。
(二) 同1(二)の事実中、(2)の事実(取得費)の事実は認め、その余の事実は否認する。
(三) 同1(三)の事実中、<1>(総所得金額)、<2>(所得控除の額)、<3>(課税総所得金額)、<5>(所得税額)、<7>(予定納税額)の各事実は認め、その余の事実は否認する。
(四) 同1(四)は争う。
2 被告の主張2の事実中、原告が本件土地の譲渡収入金額を一四〇三万五四一八円、課税長期譲渡所得金額を零円として昭和六〇年分の確定申告を行ったことは認め、その余の事実を否認する。
3(一) 被告の主張3(一)の事実中、正吉他四名及び柏木清が原告及び須山満子を相手として本件調停を申し立てたこと、原告が第一総業に対して本件土地の一部を単独で売却したこと、右売買契約が解約され、第一総業に対して本件損害金が支払われたこと、原告が開発公者に単独で本件土地を売却したこと、原告が正吉他四名及び柏木清に各一一〇〇万円ずつを支払ったことは認め、その余の事実は否認する。
(二) 同3(二)の事実中、平吉の相続財産に係る相続税の法定申告期限が昭和五八年二月二八日までであることは認め、その余は争う。
(三) 同3(三)は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1、2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 本件更正処分の適法性について
1 争いのない事実
(一) 平吉が、昭和五七年六月二日に本件遺言書を作成し、同年八月三一日に死亡したこと、本件遺言書には原告が主張する内容の記載があり、その趣旨は、原告に遺産の一部を遺贈するというものであること(請求原因3(一)(1))
(二) 正吉他四名及び柏木清が原告及び須山満子を相手に横浜家庭裁判所小田原支部に本件調停を申し立てたこと、本件土地に通ずる道がないこと(請求原因3(一)(2)、被告の主張3(一))
(三) 原告が、昭和五九年一二月四日、第一総業に対し本件土地のうち一八一四・九七平方メートルを七七〇〇万円で売却して、同日五〇〇万円、同月一四日に五二〇〇万円を受領し、同社の転売先に仮登記をしたこと、本件土地が宅地に利用できないことから、原告が第一総業から売買契約を解約されて、受領ずみの売買代金五七〇〇万円、本件損害金一三〇〇万円の支払を請求されたこと、原告は既に右売買代金を正吉他四名に分配していたため、右支払資金を捻出できず、昭和六〇年一二月一二日、開発公社に本件土地を一億一二二八万三三五〇円で売却したこと、原告が本件土地の売買代金をもって第一総業に対する売買代金返還債務を履行し、本件損害金を支払ったこと、原告が本件土地の譲渡所得金額を二二〇六万〇八七四円、納付すべき税額を四四一万二〇〇〇円とする修正申告を行い、右税額を納付したこと(請求原因3(一)(3)、被告の主張3(一))
(四) 本件土地の一部(別紙物件目録七ないし一六)が平吉名義に所有権保存登記されていなかったこと(請求原因3(二))
(五) 本件土地のうち六筆(別紙物件目録一ないし六)の土地が相続税に係る課税価格の計算基礎に算入されていたこと(請求原因3(三))
2 右争いのない事実に加えて、成立に争いのない乙第一ないし第一〇号証、第一三号証、第一五号証、第一七号証、第二四号証の一ないし四及び第二八ないし第四三号証、原本の存在及びその成立に争いのない乙第一一、第一二号証、第一四号証、第一六号証、第二〇号証の二ないし六、第二二、第二三号証、第二五ないし第二七号証及び第四四号証の二、三、証人梶野研二の証言により真正に成立したと認められる乙第一八、第一九号証、第二〇号証の一、第二一号証及び第四四号証の一並びに原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。
(一) 平吉は、須山すき(昭和四五年一二月一六日死亡、乙第三号証)との間に、長男須山正吉、長女柳川タケ(昭和二五年一二月二六日婚姻、乙第五号証)、二男須山作造、二女本間綾子(昭和五二年九月一二日婚姻、乙第七号証)、三男柏木清(昭和三三年七月二八日養子縁組、乙第八号証)、三女栗原シマ子(昭和三五年三月一〇日婚姻、乙第九号証)、四男須山勇次(昭和一八年六月二日死亡、乙第二号証)、四女須山満子、五男須山庸雄(昭和一九年八月一四日死亡、乙第二号証)をもうけ、また、昭和四〇年八月三〇日、四女須山満子の夫である原告と養子縁組をした(乙第一〇号証)。
平吉は、神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番(田、四九五平方メートル、乙第二八号証)、同所三七一七番(田、二〇四九平方メートル、乙第三四号証)、同所三七二五番(田、七六六平方メートル、乙第四〇号証)の各土地(以下「平吉所有地」という。)を所有していたところ、昭和五七年六月二日、公正証書による本件遺言書(乙第一二号証)を作成し、同年八月三一日死亡した。
本件遺言書には、須山満子に対して神奈川県秦野市名古木字開戸三一番の土地(畑、七〇四平方メートル)を、正吉他四名、柏木清及び須山満子に対して各五〇万円ずつを、原告に対してその余の財産をそれぞれ相続させる旨記載されていた。
原告は、昭和五七年九月二日、喪主として平吉の葬儀を行い、同月二一日、平吉所有地につき相続を原因として所有権移転登記手続を行った。
(二) 正吉他四名及び柏木清は、平吉の葬儀後に本件遺言書の存在を知り、また、原告が平吉所有地につき所有権移転登記をしていることを知って、原告に対して同土地を遺産分割するように求めたが、原告が応じないため、昭和五八年初めころ、横浜家庭裁判所小田原支部に原告及び須山満子を相手方として遺留分減殺請求の本件調停を申し立てた。
正吉他四名は、昭和五八年四月ころ、青木逸郎弁護士に本件調停事件を依頼し、原告及び須山満子の代理人である三宮政俊弁護士と交渉を重ねた。
柏木清は、原告のもとで大工として働いており、原告から平吉の遺産を分けるとの話もあって、本件調停を取り下げた。
原告は、昭和五八年二月一四日、平吉の遺産に関して、本件遺言書に基づき、正吉他四名及び柏木清が各五〇万円、須山満子が二二六〇万七〇〇八円、原告が七四四八万八二六〇円の遺産を相続したとして、その旨を記載した相続税の申告書(乙第一三号証)を被告に提出した。
正吉他四名は、当初、平吉所有地を現物分割することを求めていたが、右土地に通ずる道がないことや原告が応じないことから、平吉の遺産全部を鑑定評価したうえ、各人の相続分に応じた金銭給付を求めるようになった。
原告は、本件調停を成立させるためには正吉他四名に金銭給付をしなければならないと考えたが、原告の年間所得が二〇〇万円に満たず資力がないため、昭和五九年四月ころ、三宮政俊弁護士を通じて第一総業に対し、平吉所有地の売却交渉を行い、右各土地を坪当たり一四万円で売却することにした。
ところで、平吉所有地の間には、国有地(畦畔部分)が狭まれて存在しており、右国有地である神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番二(雑種地、一六平方メートル、乙第二九号証)、同所三七一六番三、(雑種地、八一平方メートル、乙第三〇号証)、同所三七一七番二(雑種地、七八平方メートル、乙第三五号証)、同所三七一七番三(雑種地、二三一平方メートル、乙第三六号証)、同所三七二五番二(雑種地、一三三平方メートル、乙第四一号証)の各土地については、平吉が既に時効取得していたので、原告が国から払下げを受けたことにして、昭和五九年一一月一五日所有権保存登記をした。
正吉他四名は、本件調停において、各人に一五〇〇万円の金銭給付を要求したが、原告が各一〇〇〇万円しか応じないため、青木逸郎弁護士と三宮政俊弁護士との交渉の結果、各一一〇〇万円の金銭給付により調停を成立させることにし、昭和五九年一一月五日、本件調停が成立した(乙第一四号証)。
成立した本件調停の内容は、<1>原告及び須山満子が本件遺言書に基づき平吉の遺産をすべて相続し、正吉他四名に対し、同人らの遺留分を侵害したことに関し、現物の返還に代わる価額の弁償として昭和五九年一二月二八日までに各五〇〇万円、昭和六一年五月末日までに各六〇〇万円をそれぞれ連帯して支払う、<2>正吉他四名は、本件遺言書記載の各五〇万円の相続権を放棄する、<3>原告及び須山満子と正吉他四名は、右定め以外に債権債務のないことを相互に確認するというものであった。
(三) 原告は、昭和五九年一二月四日、第一総業に対し、宅地として開発不可能な場合には解除できるとの特約付で、平吉所有地及び別紙物件目録七ないし一六記載の各土地のうち買主が後日指定する範囲の土地五五〇坪を、三・三平方メートル当たり一四万円で売却する旨の売買契約を締結し、その旨の土地売買契約書(乙第二〇号証の二)を作成し、第一総業から同日五〇〇万円、同月一四日五二〇〇万円を受領した(乙第二〇号証の三、四)。
原告は、昭和五九年一二月一七日、神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番の土地を別紙物件目録一、二記載の各土地に、同所三七一七番の土地を同目録三、四記載、各土地に、同所三七二五番の土地を同目録五、六記載の各土地に、同所三七一六番二の土地を同目録七、九記載の各土地に、同所三七一六番三の土地を同目録八、一〇記載の各土地に、同所三七一七番二の土地を同目録を一一、一三記載の各土地に、同所三七一七番三の土地を同目録一二、一四記載の各土地に、同所三七二五番二の土地を同目録一五、一六記載の各土地にそれぞれ分筆した。
第一総業は、昭和五九年一二月一四日、株式会社富国ホームに対して、原告から買い受けた土地を転売した。
原告は、昭和五九年一二月一九日、株式会社富国ホームに対し、別紙物件目録二、四、六、九、一〇、一三、一四、一六記載の各土地につき、所有権移転の仮登記手続を行い、また、同日、債務者を株式会社富国ホーム、抵当権者を厚木信用組合、債権額を一億円とする抵当権設定登記手続を行った。
原告は、正吉他四名の代理人青木逸郎に対し、平吉所有地の売却先、売却価格を報告していたものの、売買交渉の経過、成立した売買契約の詳細な内容を報告していなかったが、本件調停で定まったとおり、右売買代金から正吉他四名に昭和五九年一二月二八日までに各五〇〇万円を支払った。
青木逸郎は、本件調停の成立により、正吉他四名が平吉の遺産に対する権利を放棄し、その代わりに原告及び須山満子に対して各一一〇〇万円の金銭給付請求権を取得したものと考えていたため、原告に本件土地の売買交渉、売買契約の内容等の報告を求めず、また、正吉他四名も同様の理解のもとに右報告を求めようとはしなかった。
原告は、昭和六〇年二月二八日、本件調停の調停調書を添付して、正吉他四名に各一一〇〇万円ずつを返還したことを理由とする相続税の更正の請求書(乙第一五号証)を被告に提出した。
しかし、本件土地は、秦野市の産業廃棄物埋立地となっていたため、ガスが発生して宅地として利用できないことが判明し、株式会社富国ホームは、第一総業との売買契約を解約した。
そこで、第一総業は、昭和六〇年四月ころ、原告に対し、売買契約の特約に基づき契約の解約を申し入れたが、原告は、右売買代金を正吉他四名に対する支払に当てていたため、売買代金を返還できず、解約に応じられなかった。
(四) 原告は、原告訴訟代理人らと相談のうえ、昭和六〇年四月ころから開発公社に対し、公有地の拡大の推進に関する法律五条一項に基づいて本件土地の買取りを求め始め、同年一一月二七日、神奈川県知事に対して右条項に基づいて土地売買希望申出書(乙第二二号証)を提出し、同年一二月一二日、開発公社との間において、本件土地を総額一億一二二八万三三五〇円(坪当たり九万五〇〇〇円)で売却する旨の売買契約を締結し、その旨の土地売買契約書(乙第二三号証)を作成した。
そして、原告は、昭和六〇年一二月一七日、開発公社から七六五六万三五〇〇円を受領し(乙第二五号証)、同日本件土地につき開発公社に所有権移転の仮登記手続を行い、昭和六一年三月一四日一〇〇万円を(乙第二六号証)、同年五月三〇日三四七一万九八五〇円を(乙第二七号証)それぞれ受領し、昭和六二年九月二日、右仮登記に基づく本登記手続を行った。
原告は、租税特別措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)三四条の二第一項、第二項四号に基づき、本件土地の譲渡所得について一五〇〇万円の特別控除を受けるため、開発公社から公有地の拡大の推進に関する法律六条一項に基づく土地等の買取り証明書(乙第二四号証の一ないし四)を発行して貰った。
他方、原告は、昭和六〇年一二月一七日、第一総業との売買契約を合意解除し、同社に対して合計八二〇〇万円を解約清算金として支払うことを約し、そのうち一二〇〇万円を既に支払ったいたため、同日七〇〇〇万円を支払い、別紙物件目録二、四、六、九、一〇、一三、一四、一六記載の各土地になされていた所有権移転の仮登記及び抵当権設定登記の抹消登記手続に必要な書類を受領して、翌一八日、右抹消登記手続を了した。
原告は、本件調停条項に従って、昭和六一年五月末日までに正吉他四名に各六〇〇万円を支払い、また、柏木清に対しても三回に分けて一〇〇〇万円を支払い、かつ、原告が同人の手術代として立替払いしていた一〇〇万円を相殺により処理し、同人に合計一一〇〇万円の経済的利益を与えた。
以上のとおりであって、右認定を覆すに足る証拠はない。
3 これまでに確定した事実に基づいて、本件更正処分の適法性について判断する。
(一) 原告は、本件更正処分には本件土地の譲渡収入を過大に認定した違法がある旨主張する。
そこで検討するに、原告は、昭和六〇年一二月一二日、開発公社に対して、本件土地を一億一二二八万三三五〇円で売却する旨の売買契約を締結し、右売買代金を受領しているのであるから、特段の事情がないかぎり、原告は、本件土地の譲渡により同額の収入を得たものということができる。
これに対し、原告は、本件土地が遺留分減殺請求権の行使により正吉他四名、柏木清氏及び原告の共有となり、これを売却して売買代金を分配することになったが、正吉他四名が本件土地の売買代金を早期に分配することを求めていたうえ、本件土地の一部が登記されておらず、さらに、原告が単独名義で譲渡する場合と共有名義で譲渡する場合とで租税負担に差異が生ずることに気付かなかったため、原告が他の共有者から手続を任されて単独で売却したに過ぎないから、原告が正吉他四名及び柏木清に対して本件土地の売買代金から分配した金額を譲渡収入から控除すべきである旨主張する。
しかし、正吉他四名は、本件調停において、本件土地につき現物の返還に代わる価額の弁償として、原告及び須山満子に対する各一一〇〇万円の金銭給付請求権を取得したのであり、柏木清が受領した金員も同様の性格のものと考えられるから、本件土地が正吉他四名、柏木清及び原告の共有になったということはできない。すなわち、本件調停調書(乙第一四号証)には、その旨明記されていること、正吉他四名も、本件土地の売却の有無にかかわらず、各一一〇〇万円の金銭給付請求権を取得したと理解して、本件調停を成立させていること、正吉他四名が本件土地に共有持分を有するとの前提に立つて、本件土地を売却してその売買代金を分配する趣旨の調停を成立させたのであれば、その旨を本件調停調書に明記すべきであるのに、その旨の記載はないこと、原告は、第一総業と締結した売買契約を合意解除し、開発公社に右売買代金よりも安い単価で売却したが、共有物の売買代金を分配するのであれば、正吉他四名と給付すべき金額につき交渉があつてしかるべきところ、右交渉を行わずに本件調停条項に従って各人に一一〇〇万円ずつを支払っていること等からすれば、本件土地を共有としたうえで売却し、正吉他四名にその売買代金を分配する旨の合意がなされたことは認められない。
さらに、原告が、第一総業及び開発公社との売買交渉を正吉他四名及び柏木清と相談しながら進めたと認めるに足りる証拠はなく、また、原告名義で売買契約を締結すれば、原告が単独で譲渡所得に対する租税を負担すべきことは明らかであり、しかも、原告は、弁護士と相談しながら右売買交渉を行っていたのであるから、そのことを十分に承知していたと推認されるところ、原告が正吉他四名に右譲渡所得に対する租税の一部負担を求め、あるいは金銭給付額から右租税の一部を控除することを合意したと認めるに足りる証拠もないのであるから、原告は、正吉他四名らに対する代償金を捻出するために本件土地を売却したに過ぎないというべきである。
(二) したがって、原告の右主張は失当である。原告は、本件土地が相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入されていたから、租税特別措置法三九条一項に基づき、本件土地の価額に対応する相続税三七五万九五五一円のうち、原告の譲渡収入金額に対応する一五四万九六九二円を取得費に含めるべきであるところ、本件更正処分がこれを含めずに取得費を認定しているから、違法である旨主張する。
そこで、検討するに、租税特別租法三九条一項は、相続の開始があった日の翌日から、当該相続に係る相続税の法定申告期限の翌日以後二年を経過する日までの間に、相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された資産を譲渡した場合、当該資産の譲渡所得の計算において、当該資産に対応する相続税額を取得費として加算する旨を定める規定である。
ところで、平吉は、昭和五七年八月三一日に死亡し、同人の遺産に係る相続税の法定申告期限は昭和五八年二月二八日となるから(相続税法二七条一項)、昭和六〇年二月二八日までに相続税額に係る課税価格の計算の基礎に算入された平吉所有地を譲渡した場合にかぎり租税特別措置法三九条一項の適用があるところ、原告は、平吉所有地を昭和六〇年一二月一二に売却したのであるから、右規定を適用する余地はない。
したがって、原告の右主張は失当である。
(三) 原告は、第一総業に支払った本件損害金が譲渡費用に該当するにもかかわらず、本件更正処分がこれを譲渡費用として認めなかったから、譲渡費用を過少認定した違法がある旨主張する。
そこで、検討するに、本件損害金は、本件土地が産業廃棄物の埋立場として利用されていたため宅地開発ができず、原告と第一総業が売買契約を合意解除したことにより、原告が負担したものである。
ところで、譲渡費用とは、遺産の譲渡に要した費用であり(所得税法三三条三項)、当該資産の登記・登録費用、仲介手数料、運搬費など譲渡のために直接要した費用や譲渡価額を増加するための費用(例えば、既に締結した売買契約を解除して他に有利な条件で譲渡した際、右売買契約を解除したことに伴って支出した違約金等)を意味するものと解される。
しかし、本件損害金は、原告が開発公社との売買契約を締結するか否かにかかわらず、第一総業との売買契約(の特約)に基づき負担すべきものであって、開発公社との売買契約とは無関係に負担しなければならないものであるから、本件土地の譲渡に直接要する費用とは認められないうえ、本件土地の譲渡価額を増加させるために必要な費用とも認められない。
なお、原告は、ここにいう譲渡費用とは、当該資産を譲受人に移転帰属させるために譲渡人が負担したすべての費用である旨主張するが、このように解すべき法的根拠はなく独自の見解であって採用できない。
また、原告は、本件土地の一部に株式会社富国ホームの仮登記がされており、本件損害金を支払わないと右仮登記の抹消登記手続ができず、開発公社に本件土地の完全な所有権を移転できなかった旨主張するが、本件損害金が右仮登記を抹消するために支払われたとしても、譲渡費用に該当しないことに変わりはなく、原告の右主張は失当である。
さらに、原告は、本件損害金が譲渡費用として認められないと、その損害を所得控除する機会が失われ、本件損害金の範囲で譲渡所得がないにもかかわらず税負担を強いられ、過酷な結果がもたらされる旨主張するが、原告は、開発公社に本件土地を売却するために本件損害金を支払ったわけではなく、第一総業との売買契約(の特約)に基づき、開発公社との売買契約とは全く無関係に支払ったのであり、単に開発公社から受領した売買代金を本件損害金の支払に当てたというに過ぎず、本件損害金が所得税法七二条所定の雑損等所得控除の対象にならないからといって、譲渡費用に該当するということはできない。
したがって、原告の右主張は失当である。
(四) 原告の昭和六〇年分の総所得金額が三一〇万二九〇七円、所得控除の額が一三八万九一三〇円、課税総所得金額が一七一万三〇〇〇円、課税総所得金額に対する所得税額が二〇万七九〇〇円、予定納税額が一五万二六〇〇円であること(被告の主張1(三))は、当事者間に争いがない。
また、前記3説示のとおり、本件土地の譲渡収入金額は一億一二二八万三三五〇円であり、本件土地の取得費は租税特別措置法(昭和六三年法律第四号による改正前のもの)三一条の四第一項により五六一万四一六七円(譲渡収入金額の一〇〇分の五、但し、円未満切り捨て)となり、さらに、本件土地の譲渡が租税特別措置法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)三四条の二第一項に該当し、譲渡所得の計算において一五〇〇万円の特別控除を行うべきこと(被告の主張1(二)(3))は、当事者間に争いがないから、分離長期譲渡所得金額は九一六六万九一八三円となる。
そうすると、原告の昭和六〇年分の総所得金額及び分離長期譲渡所得金額は本件更正処分の金額と同額であって、本件更正処分は、適法である。
三 本件賦課決定処分の適法性について
原告は、本件更正処分のうち分離長期譲渡所得金額二二〇六万〇八七四円、納付すべき税額四四六万七三〇〇円を超える部分が違法であるから、昭和六一年一〇月二九日付でなされた一六四万七〇〇〇円の過少申告加算税の賦課検定のうち四一万六〇〇〇円を超える部分及び昭和六二年六月三〇日付過少申告加算税の賦課決定(但し、昭和六三年九月六日付変更決定で四一万九〇〇〇円に減額されたもの)は、違法である旨主張する。
しかし、前記二3説示のとおり、本件更正処分は適法であるから、本件賦課決定も適法である。
四 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐久間重吉 裁判官 辻次郎 裁判官 伊藤敏孝)
別紙
本件課税処分の経緯一覧表
別紙
物件目録
一 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番一
田 五三平方メートル
二 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番四
田 四九五平方メートル
三 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一七番一
田 一三三三平方メートル
四 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一七番四
田 七一五平方メートル
五 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七二五番一
田 三四八平方メートル
六 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七二五番三
田 四一七平方メートル
七 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番三
雑種地 六・四三平方メートル
八 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番三
雑種地 七九平方メートル
九 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番五
雑種地 一〇平方メートル
一〇 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一六番六
雑種地 一・九七平方メートル
一一 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一七番二
雑種地 四三平方メートル
一二 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一七番三
雑種地 一二三平方メートル
一三 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一七番五
雑種地 三五平方メートル
一四 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七一七番六
雑種地 一〇八平方メートル
一五 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七二五番二
雑種地 一〇〇平方メートル
一六 神奈川県秦野市曽屋字下飯寺三七二五番四
雑種地 三三平方メートル
別紙
本件課税処分の経緯一覧表
<省略>